映画徒然日記Vol.17 「ジョーカー」
本当に、今年は映画豊作年のような気がする。
ここのブログでは、紹介していないが
「存在のない子供たち」
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
など、10年に一本と言っても良いぐらいの作品が目白しだったが・・・。
遂に、10月4日。
この作品が、公開された。
「ジョーカー」
監督 トッド・フィリップス
脚本 トッド・フィリップス、スコット・シルヴァー
キャスト ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フロンセス・コンロイ
この作品見るの正直、迷った。
「ジョーカー」というキャラクターは謎
に包まれているからこそ魅力的なキャラ
クターだったと思っていた。
この作品ではジョーカーの誕生を描いて
いるのだ。
まさに、パンドラの箱的な開けてはいけないものを開けるような、
知りたいけど知りたくないような複雑な気持ちと高鳴る気持ちで劇場へ。
結果・・・。
とても、素晴らしかった。
喜劇王チャップリンが大きなキーワードの一つで、劇中ではチャップリンの「モダン・タイムス」の映像が映画館で流されていたり、予告編でも印象的に流れるチャップリンが作曲した「SMILE」がこの映画のテーマ曲になっていたり
チャップリンの名言で
「人生はクローズアップで見ると、悲劇。ロングショットで見ると喜劇」
という名言を映像化したような作品なのだ。
これでもかと現実の悲劇に圧し潰され
て、狂気に目覚め現実を喜劇へと変えて
いく主人公アーサー。
誰にでも、持ち合わせている感情をアーサー=ジョーカーは爆発させる。
誰にでも持ち合わせているという事は、誰しもがジョーカーになり得るのだ。
だから、「ダークナイト」のジョーカーもとても魅力的に見えて、主人公であるはずのバットマンよりもジョーカーに観客は魅了されてしまう。
純粋な悪ほど怖いものはない。
純粋で、狂ったジョーカーにもはや敵なし。
散々に目に合う主人公が、ジョーカーという純粋な悪になった瞬間、思わず観客にはどうしようもない高揚感が舞い降りる。
これは、劇薬のような映画だ。
映画のベースには、マーティン・スコセッシの「キング・オブ・コメディ」と「タクシードライバー」が脚本を書いていくうえで参考にしたらしい。
どちらの作品でも、主演を務めるロバート・デ・ニーロがこの作品にも出演をしているのはそういう縁もあってなのかもしれない。
「キング・オブ・コメディ」と「タクシードライバー」がベースになっているとのことだが、筆者は見ていてスタンリー・キューブリックの「時計じかけのオレンジ」とも通じる作品のような気がした。
「時計じかけのオレンジ」の主人公アレックスも、まさしく純粋な悪だ。
映画内で行われている、ヴァイオレンスに最初は目を背けているのに
気付くとアレックスの立場になって中盤から映画を見ている自分が居る事に気付く。
そんな、気持ちに「ジョーカー」にも感じさせられた。
ジョーカーと言えば、昔は
ティム・バートンの「バットマン」でジョーカーを演じた、ジャック・ニコルソンが代名詞であり、その後クリストファー・ノーランが、「ダークナイト」でジョーカーにヒース・レジャーを起用した。ジャック・ニコルソンのジョーカーの強烈なイメージを見事に一新し、新ジョーカーをヒース・レジャーは誕生させた。しかし惜しくも、ヒース・レジャーは「ダークナイト」の完成を見る事なくこの世を去ってしまう。
そして、今回ジョーカーを
ホアキン・フェニックスが演じる。
ジャック・ニコルソン、ヒース・レジャーの2人とはまた違う、狂気と哀愁を漂わせたジョーカーを誕生させた。
この作品のほとんどは、演出やシナリオの完成度よりも、ホアキン・フェニックスの演技力が全てを引っ張って行ってる。
「ダークナイト」の様に、派手なアクションシーンはないが、人間ドラマとしてしっかりと見応えがあるものになっている。